1982年2月、国立琉球大学二次試験の受験の日がやって来た。いざ、沖縄へ!
ジャングルのような熱帯樹が一帯に生い茂る密林の中を、双発のセスナ機が草木をかすめながら沼地の延長のように粗末な滑走路にフラフラと着陸してゆく。………
な、わけないでしょ(笑)
でも、当時の僕は沖縄という島のことを本気でそんな風に想像していた。
「熱帯のジャングルの中、僻地の医療に貢献して………」なんて全くお門違いな血気にはやった単細胞的思考の僕がそこにいた。そうだな、「熱血」だけが僕の人生の支えであることは昔も今も変わらないのかもしれない。
当時の沖縄は、「リゾート」などという言葉を誰も口にはしていなかった。いや、「リゾート」という想像すらしていなかったはずだ。「米軍基地がいっぱいある危険な場所」「色黒の不思議な言葉をしゃべる人々のいる島」そんな風に考えていた大和人(やまとんちゅ)がほとんどだったのだと思う。
僕が沖縄に行く決断をした一つに、こうした偏見への想いを切り捨てたいという気持ちがあったことは事実である。それは、大人たちへの反抗の一つでもあったのだ。
僕の出生地は墨田区墨田であり、その後、小学校に入る前までは東京都葛飾区のお花茶屋駅の近くに住んでいた。確か、地名は「宝町」だったと記憶する。僕の住んでいた家は地名とは裏腹に、「お化け長屋」とまでいわれたボロ家だった。以前書いたブログはその後小学校入学時に引っ越しをした高砂という町(ここも葛飾区)の都営住宅での生活を書き綴ったものだ。
さて、そのお化け長屋には、人情はあるものの、おっちょこちょいでお節介な、いかにも下町のおっちゃんとおばちゃんといった人達が多く住んでいた。
そんなおばけ長屋の端っこには小さなガラス工場があった。窯の中にはいつもどろどろに溶けたガラスの素材がオレンジ色に光りながら身をくねらせて「早く形にしてくれよ!」と言わんばかりに今か今かと待っているようだった。
そのガラス工場の次男坊につねちゃんという同じ年の友達がいた。当時、極貧段階の序列でいえば最下位の家に生まれた僕とつねちゃんは幼稚園に行けなかった。だから、周辺の子供たちが幼稚園に行ってしまい、子供たちの声が聞こえなくなった午前中のお化け長屋の周辺では僕とつねちゃん、そして僕の弟だけが、何だか無人島に取り残された孤児のように長屋の空間にポツリと佇んで居た。だから当然、遊び相手はつねちゃんだけだった。
ある日つねちゃんと遊んでいると、近所のおばちゃんが近づいてきて「駄目だよ、つねちゃんと遊んじゃ。あそこの家の人たちは沖縄っていう訳のわかんない所からやって来てるんだから。さらわれちゃうからね。さあ、早く帰りなさい!早く!!」と僕を促す。それでも僕は無視してつねちゃんと遊んでいた。すると今度は頭をぽかりと叩かれて、「いうこと聞きなさいよ、沖縄は怖いところなんだから!」と訳のわからないことをおばちゃん達が代わる代わるにいう。
「うるせえなあ!!くそばばあ!!」僕はそう言ってつねちゃんと走って逃げるのだった。
「つねちゃん可哀そう」そんなことを思いながら、僕は毎日大人達のいじめに反抗していた。
あの頃の僕には「沖縄ってなんだろう?どうして大人は差別するんだろう」という疑問と、大人の身勝手さへの反発だけが「熱血心」の中でモヤモヤとして膨らんで行くだけだった。
大学に行こうと決めた時「沖縄で最後の国立医学部作りを終える」という日本政府の発表があった。衝撃だった。それまで考えてもいないことだったが、「教育においても医療においても一番大変な思いをしている沖縄が最後に回されていたんだ」という思いが、あのつねちゃんと遊んだ幼い日々と重なった。
「沖縄に行こう!」
僕はすぐに決断した。忘れていたあの幼い日々の疑問と反発に答えを出す時が来たのだと思った。フト、「天が導いてくれた道だ」などと何の根拠もなく勝手にそう思った。
しかし、今こうして振り返ってみると、嬉しかったこと、悲しかったこと、沖縄が僕の人生の中心にあることは100%事実だ。
「天の導き」
今の僕は本気でそう思っている。
1982年、ジャングルでもない、双発機での着陸でもない、かつての那覇空港に僕は降りたちバスに乗った。
那覇の中心「国際通り」、昔は「国際大通り」と「大」が付いていた。僕はその大通りにある国映館という映画館の前でバスを降りた。
「白い壁と青い空の世界!」その強い印象を今でも忘れない。
本土ではまだ寒かった季節に青い空に輝く太陽が街を照らし、家も道路も妙にキラキラと白い世界が広がる街に来たような気がしてならなかった。
まだ二次試験前だったが、僕の心の中ではこの島で暮らす予感が春の芽吹きのように沖縄の太陽に向かって伸びている気がした。
僕の人生の中心軸の話が始まりました。では、続きはまた書くことにします。……
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