父の想い出1

幼い頃、あれほど嫌いだった父のことを今はフト思い出すことがある。
 
 さらにその思いの中で、「実は俺は親父に似ているのかもしれないな」と思ったりもするのである。
 今日は、そんな思いに至る昔話、小学校の頃の出来事を書いてみようと思う。

父は酒を呑むと気が大きくなり、周囲の人々に大判振る舞いをしてしまう。だから酒を呑んだ後は、いつも財布の中はすっからかんだ。

そして、家に帰れば大ぼらを吹きながら騒ぎ出す。挙句の果てに僕を含め、寝ている子供たちを皆たたき起こす。

その後、母には突然説教じみたことを言い出し、聞いていないと怒りだす。さらにはエスカレートすると母を殴りだすのだった。

まだ小学校低学年だった僕だったが、母が殴られているのを見るに見かねて父の前に立ちはだかった。
すると、父は怒りをあらわにし、「てめえ、ガキのくせに親の前に立ちはだかるのか!ふざけた野郎だ!!ぶっ殺してやる!!!」と言っていきなり台所に行き包丁を取り出しはじめた。

もう、その頃には大騒ぎを聞きつけて、近所の人々が玄関の前に集まってきている。

僕の生まれは墨田区墨田であり、幼い頃は葛飾区で育った。そう、つまりは下町というやつだ。
だから下町特有の「お節介」な人々がこんな時には集まってくるというわけだ。

「ひろしちゃん、早く逃げなさい!」「栄ちゃん、(父の名前は栄次)だめだよ、そんなことしちゃ!」「うるせえ、てめえらはひっこんでろい!!」
当時のそんな言葉の渦が大人になった僕の内耳にこだまする。

あのころの僕は、痩せてヒョロヒョロのちっぽけな少年だった。そんな僕だが妙に正義感だけは強くて、父に立ち向かっていたのだろう。

しかし、こうして大人になってから客観的に思い返せば、「親父としては、『親ライオンに立ち向かう生意気な子ライオンが目障りで仕方がねえ。』きっとそんな風に思っていたんだろうな」なんて、今の僕には思えてくる。

それにしても、親父が本気で包丁まで持ち出してきたのだから、あの頃の僕はきっと凄まじく嫌なガキであったか、はたまた親父と対等に戦う、いかした少年戦士であったのかもしれない(笑)

僕は靴も履かずに家を飛び出し裸足で逃げた、後ろから父が追ってくる影が見えていた。
僕は公園の中に逃げこみ、すっぽりと僕を隠してくれる木の茂みの中で息をひそめていた。
「ヒロシ、出てこい!」凄まじい叫び声をあげながら父が通り過ぎて行く。

少し後から、近所のおばちゃんが僕を探しに来てくれて、「ヒロシちゃん、居たら出てきなさい。おばちゃんの家に来て隠れなさい」と小声で囁いた。天の助けだった。僕はそのおばちゃんの家に行き、毛布にくるまった。声は出さなかったけれども、ただただ涙が止まらなかった。そして、いつの間にか眠りについて、フト気がついたらすっかり朝になっていた。

あの頃は、宿題も隠れてやっていた。父に見つかると、「勉強なんぞするんじゃねえ!!貧乏人のガキが勉強すると、上の学校なんぞに行きたいと言い出しやがるからな」と言いながら、途中まで終わらせた宿題を全部破ってしまうのだった。悔しくて、僕が父を睨むと「てめえ、親に向かってなんだその顔は!」と言って殴りつける。

まあ、こんなことの繰り返し、つまりは「虐待!」「大虐待!」を受けていた僕であるわけだ。
しかし、僕は相当図太かったのだろう。「くそー!!いつか見返してやる!!!」と思って常に発奮するばかり。どんどん図太い人間になっていったというわけだ。

今になって思えば、「親父にとっての僕は、きっとメチャクチャ恐ろしいちびっ子ライバルだったんだろうな。親父はマジで俺にビビっていたりして……」なんて「フフ」と笑えてくる。

 

※続きはまた書いてゆくことにしようと思う。

大人になって、こうして客観的に自分を振り返る。

幼い頃の自分にまた出会う気がして面白い。面白いからまた書きたくなる。

そんな自分史を書き溜めてゆこうと思う。

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また

 

 

 

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